医療の迷宮を巡るスタンプラリー
前回の記事では、ようやく治療の入り口に立ったお話をしました。
ところが、安堵したのも束の間。現実は、泥沼の展開へと突き進んでいったのです。
第一選択薬が体に合わず、まさかの「即時中止」という振り出しへの帰還。
さらには止まらないめまい、耳のトラブル……。リファラル(紹介状)を手に、内閣府(内分泌科)から耳鼻科、皮膚科へと渡り歩く日々は、もはや医療機関を巡る強制的なスタンプラリーのようでした。
身だしなみだけは、とアイロンの効いたシャツを着る余裕も、お気に入りの本を開く気力さえも奪われていた、あの怒涛の数年、数か月。
カリフォルニアの青い空の下で、私のスケジュール帳が「病名のコレクション」で埋め尽くされていった、綱渡りのような記録です。
重なる症状、スマホから鳴り止まない「宣告」
第一選択薬の中止を受け、私の日常は「治療」から、デバイスに支配された「タスク管理」へと変貌を遂げました。
何より私を翻弄したのは、世界が絶え間なく回転するVertigo(めまい)です。
甲状腺のドクターに訴えると、すぐさま耳鼻科へのリファラル(紹介状)が発行されました。そこからは、デジタルデバイスとの終わりのない格闘の始まりです。
前回書いた通り、これには治療法はなく、頭をゆっくり回転させる理学療法と自然治癒に頼るしかないのです。吐き気との闘いがこれほどつらく感じたことはありません。
その間にも、私のGoogleカレンダーは、友人とのランチやブログの構想で彩られるはずの余白が、各科の専門医の名前と「Appt(予約)」のブロックで無機質に埋め尽くされていきました。
内分泌科、眼科、耳鼻科、そして耳の乾癬で見つかった皮膚科……。これだけ多岐にわたる診療科目を英語でこなすことはアメリカ生活の試練でもありました。
iPhoneからは、連日のように「明日の予約」「検査の準備」のリマインダーがバンバン送られてきます。通知センターをスワイプしても、次から次へと現れる「医療タスク」の山。
頭部CT、精密な聴力検査、血液検査、超音波検査、そしてコロナ渦。付き添いはなし、全部ひとりでやり遂げるしかないのです。
もはや私のスマホは、人生を楽しむためのツールではなく、故障箇所をリストアップする「診断用デバイス」になり果てたかのようでした。
新たな影:甲状腺結節腫という試練
しかし、試練は通知画面の中だけでは終わりませんでした。
精密検査の一環で行った超音波検査の結果、「甲状腺結節腫」という新たな文字列が私のデータに加わったのです。
私の家系には甲状腺癌の既往歴があります。
「もし、これが悪性だったら……」
めまいによる吐き気や皮膚の痒みに耐えながら、さらに「癌」という重い可能性を突きつけられる。当時の私の心のキャパシティは、iCloudのストレージ不足を知らせる警告のように、とっくに限界を超えていました。
もはや冷静に状況をモニタリングする余裕など、どこにもありません。ただ、鳴り止まないリマインダーに急かされるように、病院の駐車場へと車を走らせる。そんな、心の中を土足で踏み荒らされるような日々でした。一人で対応しないといけない、でも心の支えの旦那はいつもそばにいる、その安心感だけがツマ子の心が折れないように踏みとどまらせたのでした。
現在へと続く、細いけれど確かな道
あれから、月日が流れました。思い返せば初診から約5年。
結局、私の体にとっての正解は「第二選択薬」でした。幸いにもこの薬は私の体に寄り添ってくれ、血液検査の数値も少しずつ、ですが確実に平穏を取り戻していきました。
一時は覚悟した摘出手術も、今のところ回避できています。超音波で見つかった結節についても、継続的なモニタリングの結果、幸いにも大きな変化は見られませんでした。
そして今年の診察。ドクターから告げられたのは「次は1年後の検査で大丈夫ですよ」という言葉でした。
こうして、私の甲状腺機能亢進症を巡る激動の記録は、ようやく一つの大きな区切りを迎えることになりました。
頻繁にスマホを震わせていたリマインダーも、今ではすっかり影を潜めています。Googleカレンダーを埋め尽くしていた無機質な「Appt(予約)」のブロックが消え、ようやく自分のための時間を自由に書き込めるようになったとき、心から深い溜息が漏れました。
けれど、あの日、鳴り止まない通知に絶望していた私に伝えてあげたい。
「どんなに後ろ向きな日でも、デバイスのタスクを一つずつこなしていけば、1年ごとの経過観察という穏やかな場所に辿り着けるから大丈夫よ」と。
完治してすべてが元通り、というわけではありません。今もなお、私は自分の体と対話を続け、細い平均台の上を歩くような慎重さを忘れないようにしています。
……ただ、この物語にはまだ、書き記しておきたい「続き」があります。
肝機能の異変をいち早く察知してくれたリウマチ医。この先生との出会いから始まった、もう一つの体との対話については、また別の機会にゆっくりとお話しさせてくださいね。

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