海外生活と老いていく親 その3

9/03/2022

海外生活と親

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みんちりえ( https://min-chi.material.jp/ )


この記事は海外生活をする人が、日本の親の急死に遭遇したり、親の介護が必要になった時どうしたらよいのかを考えるきっかけにしていただけたら、と私の経験を元にしています。個人の特定を避けるため、内容に多少フェイクを混ぜ込んでいる点がありますがご容赦ください。

兄弟(姉妹)と協力体制を整える

自分で書いておきながら言うのもなんだけど、なんだか辛くなってきてしまった。
さて、前回は老いていく親を残して渡米するときに必要なのはお金である、という話でした。

義母は老後の資金がなく、少ない年金での生活であったために経済的な支援をすることにして日本を離れた私達でした。

経済的な支援以外のサポートはケアマネージャーや近くに住む義弟一家にお願いする形になりましたが、義弟一家と私達双方が一応これで納得し、日本を離れることができたのでした。念のために記しておきますが、これで義母のことを丸投げをしたわけではなく、何か緊急時には対応をお願いするけれども、できるだけ早く日本に駆けつけるし、可能な限り日本へ様子を見に行くということが前提になっています。

丸投げはだめ、本当にしんどい。兄弟姉妹間でも親から利益の享受ってあると思う。例えばマイホームの資金を出してもらった、とか何かで援助してもらったとかね、それで親に援助してもらったんだから面倒を見てね、っていう兄弟姉妹間の了解ってあると思うんです。私は個人の経験から、援助してもらわなかった=なにもしないっていう図式はどうかな・・・って思う。あと、長男だから長女だからとか、お兄さんお姉さんが面倒見るのが当たり前っていうのもどうなんでしょう。介護ってメンタルやられるんですよ、もうどんどん引きずられてって精神が削られていくの。だから、協力することって大事だと思うんです。

若い世代ほど気にして欲しい

もし、移住を決めた時、20代、30代と年齢が若く、両親がまだ現役世代であったなら・・・、私の知る人は、毎月の様に日本のご両親から日本の物資を送ってもらったり、定期的に一時帰国して実家での生活を満喫したりしています。親が私と同じくらいの歳なのでしょう。親の心配をするより、親が海外在住の子世帯を心配するような関係だと思います。

そこに水を差すつもりは毛頭ないのですが、心の片隅にとどめておいて欲しいのです。親の老いはある時から急に加速することを。それがいつなのかは具体的には言えないのですが、あるタイミングで親の老いが加速してくるのを感じてしまうのです。中々自分の親の衰えを認めるのは難しいですし、目を逸らしたい気持ちもあると思います。でももし兄弟姉妹がいるなら、その家庭も尊重してきちんと話していくことが大事です。

義家族との関係

少し脱線しますが、
義弟嫁は義母とは関わらないスタンスを取っていた、と書きました。
義弟嫁のために少し補足をすると、義母は義弟嫁に対してアレ?と思うような言動が多くありました。

それでも義弟嫁は近居という理由だけで、私より頻繁に義母とやり取りをしていたし、大人の対応をしていたと思います。ただ、介護に関しては”実子”に任せるというスタンスだったのです。

また、私自身も義母との関係はさほど良くはありませんでした。これには色々な経緯があったのですが、最終的に「知り合いのお婆さん」として接することにしたのです。
特に義母は長男第一主義の人で、長男の嫁とはこうあるべきという思いがあったことが伺えるのですが、私に辛く当たる=長男に嫌われる・怒られる、とわかったのか、私にというより長男に嫌われないよう私に接していたと思います。

義家族との関係が良好であることはお互いにとって理想的ではあります。そうありたいものです。でも生まれ育ってきた環境、時代が違いますからお互いの思うところが異なるのは仕方のないことです。子供の配偶者は他人です。散々嫌なことをされた相手に、やさしくしてくれと言われてもそう簡単にできないのが義理の関係なのです。


親の呼び寄せ、永住権より市民権

脱線ついでにもうひとつ。

私達の選択肢にはありませんでしたが、中には親を米国に呼び寄せたいと考える人もいるかもしれません。私達は親を呼び寄せるという考えすらなかったのであまり詳しくはないのですが、呼び寄せるならできるだけ親が若いうちの方が良いのかもしれません。

まず親を呼び寄せるにはアメリカ市民の直近親族であることが要件なのですが、配偶者がアメリカ市民で自分は永住権の場合はどうなのかしら。呼び寄せ対象の親との関係なので、自分の親を呼び寄せるなら、自分がアメリカ市民権が必要なのだと思います。(詳しくは移民弁護士へ相談してみてください)

また、65歳以上の親を呼び寄せる際はすぐには公的健康保険に加入できない、あるいは民間は超高額だったりするので、当面の医療費を全額自己負担する覚悟がいりそうです。アメリカの公的健康保険であるメディケアは65歳から加入対象なのですが、通常、永住権保持者はアメリカでの社会保障費を10年以上払っていないと加入することができないようです。また老齢の場合は永住権を取ってから5年居住しないと加入できないようです。つまるところ老齢の外国人の公的保険のタダ乗りを許さないということでしょう。

民間の健康保険を買うこともできますが、年齢が高い人程保険料は高くなり、購入可能なプランも限定されてきます。すでに既往症のある両親を呼び寄せるのは相当の負担を覚悟する必要がありそうです。

知らせは突然に

海外にいることは悪いことではありません、でも良く思わない人もいるかもしれません。

私達が渡米して2年目、その日が不意に訪れました。

旦那が東京へ出張し、またカリフォルニアに戻ってきた2日後、義弟から義母が亡くなったという知らせがありました。私も旦那も突然のことで言葉がでませんでした。だって2日前には旦那と義母は夕食を共にして別れたのですから。その時の様子を旦那はこう言っていました。
アメリカに帰る前日に「お寿司屋さんに連れて行ったのだけど、お寿司もモリモリ食べていて顔色も良く元気そうだった。また来るよ、といって別れた」と。

義母の訃報を受け、すぐに飛行機を手配し、翌朝のフライトで旦那は日本へトンボ帰りしました。私は事情がまだわからないのでこちらで待機することになりました。

義母は深夜に心不全で他界したそうです。夜半に義弟へ何度か電話をしたようですが、夜勤だった義弟は私用の電話を職場には持っていなかったので電話にでることができず。翌朝いつもの時間に窓を開けない義母を不審に思った近所の方が義弟に連絡し、発見に至ったという経緯でした。
そしてこのことが後日、旦那と義弟に大きく影を落とすことになるのでした。

老いた親を見守るもう一つの手段、それはご近所さん

離れて暮らしている場合、親の持つ交友関係を知っておくことは大切なことかもしれません。ご近所さんとの関係はどうなのか、普段から義実家へ頻繁に出入りをしている人は誰なのか。地域性があるのかもしれませんが、義母の住むエリアは隣組という独特なコミュニティがあり、そこの世話役的な人がいます。町内会のようなものなのかしら?

あまり詳しくは書けないのですが、とにかく濃い。良い意味でも悪い意味でも関係が濃いのです。そこの世話役的な方が義実家のすぐそばに住んでいるのですが、朝、ジョギングを日課とされていて、毎朝義実家の前を通るらしいのです。そして、雨戸をあけて窓を開ける義母とあいさつを交わしていたらしいのです。また、その世話役的な方は義母のことを気にかけていてくれて、事あるごとに、なにか困っていることはないか?と尋ねてくれてもいました。この方こそが、窓を開けない義母を心配し義弟にすぐさま連絡を入れてくれたのです。

こういうご近所さんがいると、とても心強いです。これは常日頃から義母がご近所さんと良好な関係を築きあげていたからこそだったと思います。

その一方、あまり好ましくない人達の存在もありました。まだ渡米する前のことですが、義母が経済的な支援を受けていることを自慢したのかもしれません。やたらと義母に物品をせがむ人達がいました。義母は息子がお金をくれることに気を良くしていたのか、もしくは認知症がそうさせたのか、それはそれは気前よく大盤振る舞いをしていました。
そして、その人は毎日のように義実家に上がり込んで飲み食いをして帰っていたのでした。

そのことに初めに気が付いたのはヘルパーさんでした。ヘルパーさんがケアマネージャーに相談し、ケアマネージャーから私達へ報告が来て、問い詰めないように気を付けながら、日ごろ誰が家に上がってきてるのか、どう過ごしているのかなどを義母から聞いたりしました。

義母は初めは気を良くしていたものの、あまりに頻繁になるので次第に嫌気がさしてきたのだけれど、中々断れなかったと涙ながらに話してくれました。
このように、年寄りの淋しさにつけこんで入り込んでくる人達がいます。

非難の矛先

旦那の実家は首都近郊とはいえ、はっきり言うと田舎です。地方特有の近所付き合いがある地域です。先ほど述べたように常日頃から義母の様子を気にかけてくれたりしていました。だからこそ、いち早く異変に気が付き、義弟に連絡をとってくれたのでした。

しかし、義母の交友関係者の中には、同居をしない子供たちに対して快く思っていなかった人がいたことも確かです。義母がなにをどのようにその方に話をしたのか、いまとなっては不明ですが、その方から思いもかけぬ非難を浴びることとなったのです。

それはそれはえげつないものでした。義弟に至ってはただでさえ、自分が義母からの電話にでられていたら・・・自責の念に苛まれていたというのに、追い打ちをかけるようにそこへ容赦ない非難がむけられたのです。何度も何度も、お母さん一人で苦しんで最期を迎えたなんてかわいそうに、なんで連絡してあげなかったの、と。そして、急いで実家へむかった長男である旦那には、長男だというのに実家を母親を捨てた、お母さん、誰にも看取られずにたったひとりで逝ってかわいそうに・・・と。

この地域ではまだまだ長男一家が親世帯と同居をし、長男嫁が年老いた親の面倒を見るのが当たり前、というような意識が根強いところです。旦那が東京で就職をし、居を構えていることを良く思っていない人達もいました。義父が亡くなった際、当然のように「それで、長男さんはこっちへ戻って暮らすのよね?」と言われたものでした。

兄弟がその時点でできる限りのことをしたというのに、同居していないという事だけで非難をあびてしまったのでした。後日その話を聞いた時、あの時なぜ旦那が私にアメリカに残るように言ったのかがわかりました。

つづきます。



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ネコノツマコ、アメリカ カリフォルニア州在住。50代夫婦二人暮らし。アメリカ移住の生活の様子を気が向いた時に書いています。

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